標高3,600mで極真空手の試合に出場して得た教訓

こんにちは。「心を癒す」がテーマの画家ハナムラ・ヒロユキです。

私は青年海外協力隊で南米ボリビアの首都ラ・パスにある国家警察学校で空手を指導していました。

そのとき極真空手の試合に出場した時のことについて書きました。

関連記事:
青年海外協力隊で経験したボリビア国家警察学校での面白い話

 

標高が富士山と同じ高さ

ボリビアの首都ラ・パスは標高が約3,650mで富士山と同じ高さにあります。

そのため酸素が薄いので、激しい運動をすると心臓がバクバクしてとても息苦しくなります。

2年間もそこにいると身体はある程度慣れてくるのですが、でもずっと高山病には苦しんでいました。

 

極真空手の試合に出る

そんな高地での生活も残りあと4ヶ月となったころ、ボリビア極真会館空手連盟の人から

「極真会の試合に出てみませんか?」

と誘われました。

 

ルールが違う

私がやっている空手は、全日本空手道連盟の和道会という東京オリンピックの種目にもなった伝統派空手です。

試合のルールはポイント制です。

寸止め空手と言われていますが、軽く当たったりするので痛いです。

強く当てると反則になります。

一方の極真空手はKO制(ノックアウト)です。

鎖骨から下ならフルコンタクトでバシバシ当ててもいいし、下半身の足への攻撃もOKです。

頭部への上段蹴りはOKなので、一発強いのが当たればKOになります。

KOできなかった場合は、判定になります。

ということで、まったくルールが違うのです。

 

参加する上での心配事

正直言って迷いました。

全然ルールが違うので。。。。

でも、今までやってきた実力を発揮させるチャンスだと思ったので、思い切って参加することにしました。

が、このような心配事がありました。

  • 標高が3,600mもあるので酸素が薄い
  • 試合中に酸欠でKOされる前に倒れる可能性がある
  • 学生時代からよく手を骨折しているので、また骨折して帰国が早まるかもしれない
  • 極真空手のルールをよく知らないし、対策もわからない
  • KOされて負けたら格好悪い

などの不安材料はたくさんありましたがもう忘れました。

とにかく怪我しないようにしようと心がけていました。

 

試合当日

極真空手 標高 青年海外協力隊

開会式の様子。一番右が私。

試合会場は、ラパスの中心街にある日本人会館のホール。

青年海外協力隊の仲間たちがみんな応援に来てくれました。

開会式が始まりました。

周りを見回すと私よりも背の低い人たちばかりだったので

こりゃあ勝てるぞ!

と思い油断していました。

 

注目の一回戦

そして、注目の一回戦。

学生時代から何度も試合に出ているので会場の雰囲気には慣れているつもりでしたが、ルールが違う異種格闘技なのでとても緊張しました。

日本からやってきた空手の先生が試合に出るということで、みんなの注目が一気に集まりました。

私は最初から飛ばしていこうと思いました。

とにかく胴体を打って打って打ちまくろうと考えていました。

 

試合開始

極真空手 標高 青年海外協力隊

右が私。滅多打ちに合いながら、なんとか持ち堪えています。こんなに間合いが近いと慣れてないのでとても苦戦します。

カーン!

試合開始。

相手も同じことを考えていたようで、パンチを打ちまくってきました。

伝統空手と極真空手は、相手との間合い(距離)が違います。

伝統空手はある程度距離を取って相手の出方を探りながら詰めていき、相手を仕留めます。

極真空手はもっと近くて、お互いの手が届く距離で攻撃し合います。

相手はどんどん近づいてきてビシバシ殴ってくるので、こちらは間合いが取れずに相手の攻撃に耐えながらなんとか反撃していました。

 

悩ましいローキック

極真空手 標高 青年海外協力隊

激しいローキックに苦戦している様子。ローキック痛すぎ。。。もう、やめて~。

相手の攻撃に一番つらかったのは何かというと、ローキック

伝統空手では反則技になるので、私たちはやりませんし防ぎ方もよく知りません。

ちなみにローキックの防ぎ方は足をちょっと上げれば防御できるらしいのですが、酸欠で意識が朦朧としていたので普段ていないことは考えることができませんでした。

というか私は無意識のうちに、下段払いをしてローキックを防いでいました。

太ももをローキックでビシバシ蹴られながら、胴体もパンチでビシバシ殴られ続けました。

顔面へも攻撃できたらKOできるのに~と意識が朦朧としながら耐えていました。

そんなとき、コノヤロー!と出したパンチが相手の顎にヒットして反則を取られました。

 

試合再開

試合が再開しましたが、高山病でチアノーゼ(毛細血管に血液が届かずに指先や唇が紫色に変色すること)になり、視界がほぼ真っ白になってよく見えませんでした。

 

こりゃあマズい。ぶっ倒れるぞ・・・。

 

と相手の攻撃に耐えながら反撃していると、

 

カーン!

 

と終了のゴングが鳴り響きました。

 

KOではないので、判定へ。

 

 

ピッ!

笛が鳴って、旗は相手に上がりました。

 

 

日本からやってきた空手隊員・花村弘幸、まさかの一回戦負け・・・。

 

 

会場のお客さんたちも信じられない!といった様子で、ざわざわしていました。

そして、振り返った時の応援に駆けつけてくれた協力隊仲間の

「ウソだろ・・・」

という苦笑いの表情が今でも忘れられません。

 

おまけとして形を演武する

極真空手 標高 青年海外協力隊

おまけで形を演武している様子

これで帰るのは申し訳ないと思ったので私は試合本部に申し出て、みんなの前で「ワンシュウ」という形を一つ演武して会場を後にしました。

 

試合後に協力隊仲間とカフェに行き、チアノーゼでプルプル震える手で「完敗!(乾杯)」して、コーヒーをすすりながらみんなに言い訳をしていたことを思い出します。

 

極真空手の試合に出てわかった教訓

この試合に出て

「郷に入っては郷に従え」

という教訓を学び、もう二度と極真空手の試合には出ないと固く決心したのでした。

 

ABOUTこの記事をかいた人

アバター

フリーランスの画家として活動しています。 愛知大学卒業後、青年海外協力隊で南米ボリビアの首都ラ・パスの国家警察学校で空手に当たる。現地で絵を描く楽しさを知り、帰国後独学で技法を学ぶ。その後、創作活動をして個展を開催する傍ら、ラオス、スリランカ、エルサルバドル、フィジーに空手の指導に当たる。今までの経験を創作に活かし「明るく、楽しく、やさしい絵」をモットーに元気に活動中。